ペット

ね、熱中症?!

ある朝・・・
2階から階段を下りてくると、
夫と散歩に行っていた月が帰宅し、玄関あがってすぐの廊下で嘔吐していた。

うわやばっ!!!!!

熱中症っbomb

とっさに風呂場へ月を連れて駆け込む。
夫はガレージかどっかにいるらしく、その場にいない。

シャワーの水をじゃーじゃー、リンパ周辺にあてて冷やし。
顔色(ていうか眼)を見ると、なんか気持ちよさげな・・・?


あれ?


すごく元気そうだよな。

「ひんやり気持ちえぇ」って顔してるじゃん?
と思ったその時。
「ごめんごめん。きっとコレだよ、原因」と夫の声が。
手には、ミィトモが遊んでたプレスチック製のシールdash


コイツまた!(呆)

そういえばシールは今までにも何度も食べて、吐いたりウ○チから出てきてたりした。
散歩から帰って息が荒かったから、てっきり熱中症だと・・・
(自分でもこないだ、なりかけたしさ)


すごく焦ったけど、結局原因はただの『悪食(あくじき)』でした。
この場合・・・
熱中症じゃなくて良かった・・・というべきなんだろうか、どうだろか。

ね?

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犬のおまわりさんの本

久し振りにじ~~~んとした、本のお話。

mixiでお友達になった沖縄のボギーくんのことが本になりました。
ボギーくんは、全国で初めての『本物の』犬のおまわりさんです。
と言っても、犯人を捜したり捕まえたりする“警察犬”ではなく、子ども達や街の人々に交通安全を呼びかける“警察広報犬”というものです。

以下、ボギーくんに捧げた感想文を一部修正して転載します。

~*。 ~・+ ~*: ~~*。~*。 ~・+ ~*: ~~*。~*。


この本、読んで涙が出ました。
でも、泣けたのはボギーくんの子どもの頃の悲しい境遇に…ではありません。もちろん、孤独で、誰を信じてよいのかわからず幼いなりに必死で生きていた苦労を思うと、とても辛くなりましたが。
ボギーくんの上司のtotoroさん(飼い主といわないところが素敵)やタクシー会社の皆さんの、ボギーくんに対する“うむい”を感じて、涙が出たのです。そしてトラック運転手さんや、黒砂糖のおばあや、警察署の人たち…なんて心の美しい、やわらかい人たちなのでしょう。

犬だからと軽んじたりせず、ちゃんとひとりの命として尊重し、ボギーくんの気持ちになって考えてくれる人間がいたからこそ、彼は幸せになることができ、犬のおまわりさんは誕生したのです。

ボギーくん自身もきっとあの時「この人たちなら」と思って訪ねて来たのでしょう。「おいで!」って言われたときの、ぱっと目を輝かせた小さな白黒の仔犬の表情が目に浮かび、どんなにその言葉が嬉しかっただろうかと、胸がいっぱいになってしまいました。


ボギーくんとtotoroさんの絆。
人間と犬という、種類の異なるいきものでも、このような深い信頼、心のつながりを持てるのだ、ということを、犬と一緒に暮らす身としてとても嬉しく感じました。
『心は、うむいは、伝わる』のですね。

こんな犬のおまわりさんに逢える子ども達は、幸せです。
大人になっても、ボギーくんと彼の周囲にいるピュアな心の大人のように、あたたかいうむいを持ち続けていて欲しいと思います。
そして、私の1歳の子ども達が大きくなったら、ボギーくんの気持ちになってこの本を読んで欲しいと思っています。



~*。 ~・+ ~*: ~~*。~*。 ~・+ ~*: ~~*。~*。


『うむい』というのは、沖縄の言葉で『想い、願い』という意味。
相手を深く思いやる気持ち、自分以外の者をいたわる優しい気持ちのことだそうです。



小学校低学年でも読めるよう、やさしい文章で読み仮名もふってありますが、是非大人にも読んでもらいたい。

あったかい"うむい"を胸の中に感じる一冊。
ボギーくんになったつもりで読むと、それが一層あったかさを増します。

「ボクは日本初の“警察広報犬” 犬のおまわりさんボギー」

西松宏:作  ハート出版

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テケちゃん、ありがとうね

月の仲良しさん、ドーリー家にいる真っ白フェレットのテケちゃんが、天寿を全うしてお星様になりました。

pandaはテケちゃんに直接逢ったことはなかったですが、
ミイトモを妊娠中、切迫流産で入院しているときに画像を
送ってもらったことがあります。

当時のpandaは不安と、心配と、自分ではどうにもできない
はがゆさを感じながら、毎日ひたすら絶対安静の日々。
そんな中で、ふわふわのテケちゃんの一枚の写真は
ほんわか、あったかい、やわらかいキモチを運んできてくれたのでした。


テケちゃん、
逢っておしゃべりできなかったけど、あの時やわらいだ心
は忘れないよ。ありがとうね。

長生きして、よくがんばったね。
きっと家族のみんなも、感謝しているよ。

テケまま、大事な命に感謝して、元気出してくださいね。
テケちゃんが虹の橋で苦しさを忘れ、楽しく、美味しく
てけてけ走っていることを、祈ります。

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虹の橋

かけがえのない、愛する小さな命と別れたとき。

どうしようもない悲しさと、寂しさを感じるけれど、
とても空しくて、辛いけど、
日は暮れて、次の朝は待たずともやってきてしまう。
残された者はその子への思いを抱えて、
明日もあさっても、生きていかなければならない。

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『虹の橋』をご存知の方はきっと多いでしょう。

たくさんの方々が和訳してサイトに掲載されているが、
一度ちゃんとこのblogでも、ご紹介したいと思っていた。

1部は、
一緒に暮らした愛しい命との再会のお話。
別れた命とは、天国へ行く少し手前の“虹の橋”で再会し、
二度と別れることはない・・・という。

2部は、
人に愛されたことの無い動物は、再会する特別な人がいない。
でも、虹の橋のたもとである人と出逢う。
彼もまた、愛されたことが無い人だった。
地上では巡りあうことができなかった互いにかけがえのない命
として、奇跡の出逢いをしたふたりは、ともに虹の橋を渡る。


pandaは月と出逢うまでのあいだに、いくつかの命との別れを
経験した。どの子も、一番大切で、なによりも愛しい。
今でも思い出す、可愛い表情、ほんわりあったかい感触。
気持ちが通じ合った、特別な感情。
彼らは虹の橋で、待っていてくれているのだろうか。
あとどれくらいしたら、逢えるんだろう。

最初から自分よりも先に逝ってしまうと分かってはいても、
別れのときは、自分も一緒に、いや自分の方が先に逝けたら
・・・と思ったりもした。



リンクを張ったサイトさんでは、1・2部の紹介のみならず
3部を創作されている。
これを書くまでに、いろんな気持ちを抱いただろう。
失った悲しみから逃げず、見送った命が行く先を、しっかり
見届けることを、ここで学んだ気がした。

別れの辛さは大きい。
簡単に気持ちを切り替えられるようなものじゃない。
それだけ深く愛していたから。
何にも代えられない幸せな時間と、幸せな気持ちをくれた命の
尊さと、そう思える宝物に出逢えた偶然には、
感謝以外に表現する言葉がみつからない。
彼らが与えてくれたものを、ずっと忘れないでいることが
離れてしまっても愛し続けることになるのかな・・・と、思う。


月と別れることは、考えると心が裂けてしまいそうだけど、
いつか必ずやってくる。
一緒にいられる時間のひとコマひとコマを、大切に
ひとつ残らずしっかりと記憶に刻んでいきたい。

自分が先に・・・なんて言ってたら、
月に、失った苦しみを背負わせることになってしまうんだ。
月への感謝の証として、そのときがきたら、心の中で
私も虹の橋までちゃんと月を送っていかなければ。


ご紹介したサイト
 マイトレーヤ・カルナー 四足部屋★虹の橋★
http://homepage2.nifty.com/8craudo/doubutu/niji.htm

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連休~その壱~

連休はうれしい。

yellow-finは普段、土曜日も仕事なので、週末2日間連続で
お休みというのは貴重だ。
連休だと思うだけで、ゆったりした気分になれてうれしい。

当初、どこか遠くへ小旅行などしようかと思っていたが、
あくせくして出掛けるのも嫌なので、近場でのんびりすることに
した。

20日。yellow-finの実家へ。
実家にはウエルッシュコーギー・カーディガンのウランがいる。
月とは7歳も年の離れたオバ・・・オ・オネエサンだ。
IMG_0703


レディに向かって失礼ねっIMG_0707

月はウランが大好き!
ウランも、やんちゃな小娘を時々は持て余し、教育的指導もしつつ、仲良く相手をしてくれている。
こんな関係、ありがたい。


部屋の中で駆け回り、散歩先で土ぼこりを巻き上げながらまた
駆け回り、8歳のウランはさすがにお疲れ気味。
月は興奮して水をがぶがぶ飲み(普段の倍以上!)、夕方には
お腹がごろごろ。でも超ごきげんちゃん。
まだ幼稚な月のことを、時には自分の友達にでさえ威嚇をして
守ってくれるウラン。本当によく付き合って遊んでくれる。
元気で長生きしてね。

実家の近くの川原では、yellow-finの母とふたりで芹つみもした。
毎年春になると、そこには芹・カラシナ・菜の花・ノビルなどの
美味しい野草が出る。今年は久しぶりの、収穫参加だ。
秋に枯れた葦や、伸び始めたハコベなどの間をかきわけると、
芹独特の葉の形がのぞいている。根元を少し指でほじくって
根っこぎりぎりのところにナイフを入れ、そっと引っ張る。
芹は水の際に生える為、足場が不安定で急な斜面に踏ん張り、
ときには座り込んで、夢中になってつんだ。

黙々と、ひたすら芹を見つめて手を動かす。
余計なことは考えずに。
こういう時間は作ろうにも作れない。とても良い気分転換だった。
母と2人だけで、ゆっくり話もできた。それがうれしかった。

さて、芹はその晩“ペペロンチーノ風スパゲティ”とおひたしに、
翌日はふきのとうと一緒に炒めたり、ピザの上に乗せて食べたり
している。まだあるので、次は何にしようかと楽しく考えている。

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